
「電話が鳴るたびに、心臓がドキッとする」
「会議で発言を求められても、言葉がうまく出てこない」
吃音(きつおん)が原因で、仕事のコミュニケーションに悩んでいませんか?「自分はこの仕事に向いていないのかもしれない」と、自信をなくしてしまうこともあるでしょう。
しかし、少しの工夫で仕事の負担はぐっと軽くなります。
本記事では
- 吃音とはなにか?
- 吃音の方が抱える悩みについて
- 吃音の方が実践できるオススメの仕事術4選
- 吃音の方に向いている仕事
- 吃音の方が受けられる支援制度
について詳しく解説していきます。
あなたに合った働き方を見つけるヒントが、きっと見つかるはずです。
吃音とは?
「吃音(きつおん)」と聞くと、単に「どもってしまうこと」をイメージする方が多いかもしれません。しかし、吃音は本人の意思や努力ではコントロールが難しい、複雑な側面を持つ発話の障害です。
吃音の症状は、大きく分けて下記の3つのタイプに分類されます。
- 連発(れんぱつ)
「ぼ、ぼ、ぼくは」「き、き、きのう」のように、特定の音を何度も繰り返してしまう症状です。言葉の最初の音で出やすい傾向があります。 - 伸発(しんぱつ)
「ぼーーーくは」「きーーーのう」のように、最初の音を引き伸ばして発声する症状です。 - 難発(なんぱつ)
「……っぼくは」「………っきのう」のように、言葉を出そうとしても喉や唇が詰まったようになり、声が出てこない症状です。一番苦しい症状と感じる方も多く、話すこと自体に強い恐怖や不安を感じる原因にもなります。
これらの症状は、常に同じように表れるわけではありません。話す相手や場所、その日の体調や精神状態によって、症状が強く出たり、ほとんど出なかったりと変動するのが特徴です。
そして、最も大切なことは、吃音は本人の性格や努力不足が原因ではないということです。
吃音の方が抱える仕事の悩み
「また、どもってしまった…」
仕事をする上で、吃音が原因でこのように落ち込んだ経験は一度や二度ではないはずです。この記事を読んでいるあなたも、様々な場面で悩みを抱えているのではないでしょうか。
- 鳴り響く電話のコール音に、心臓が縮み上がる思いがする電話応対
- 「えーっと…」と言葉が詰まり、頭が真っ白になる会議やプレゼン
- 「報連相」が大切なのは分かっているのに、上司に話しかけるタイミングを逃してしまう
- 同僚との何気ない雑談も、うまく輪に入れず孤独を感じてしまう
周りからは「気にしすぎ」と思われるかもしれません。しかし、本人にとっては、話すことへの恐怖や不安、そして思うように話せないもどかしさが、常に重くのしかかります。
しかし、あなたの能力が低いわけでは決してありません。
大切なのは、話し方を変えようと無理をするのではなく、働き方や環境を少し工夫することです。次の章からは、そのための具体的な方法を見ていきましょう。
吃音のある方が使えるオススメの仕事術6選!
ここからは、知りたい方が多いであろう「具体的な仕事術」をご紹介します。
大切なのは、吃音を「治す」ことではなく、「うまく付き合いながら、自分らしく働く」ための工夫を見つけることです。これから紹介する6つの方法は、あなたの仕事の負担を軽くし、自信を持って業務に取り組むための心強い武器になるでしょう。
できそうなものから、一つでも試してみてはいかがでしょうか。
コミュニケーション手段を「テキスト」に変えてみる
最も効果的で、すぐに実践できるのが「話す」から「書く」への切り替えです。発話のプレッシャーから解放されるだけで、心の負担は驚くほど軽くなります。
- 社内連絡:口頭での報告や相談を、ビジネスチャットに切り替える。
- 社外連絡:電話ではなく、メールを第一の連絡手段にする。
- 会議:事前に議題や資料をテキストで共有してもらう。会議中はチャット機能で意見や質問を投稿する。
「話すのが苦手なので、テキストで失礼します」と一言断っておけば、相手に失礼な印象を与えることもありません。
むしろ、要点がまとまっていて分かりやすい、記録に残って助かるといったメリットを感じてもらえることも多いでしょう。口頭でのコミュニケーションに固執せず、自分にとって最もパフォーマンスを発揮できる手段を戦略的に選びましょう。
「話し方」の目標設定を低くする
「絶対にどもってはいけない」「完璧に、流暢に話さなければ」という高い目標設定が、かえって自分を追い詰め、症状を悪化させる一番の原因です。
吃音と付き合っていく上で重要なのは、「100点満点」を目指さないこと。まずは「60点で合格」と、思い切って目標のハードルを下げてみましょう。
- 「どもらずに話す」→「どもってもいいから、最後まで内容を伝える」
- 「プレゼンを完璧にこなす」→「会議で一言でもいいから発言してみる」
- 「電話応対をスムーズにこなす」→「第一声の会社名さえ言えればOK」
小さな「できた」を積み重ねることで、話すことへの恐怖心は少しずつ和らいでいきます。失敗しても「今日は調子が悪かっただけ」「次はもう少し頑張ろう」と軽く受け流す。この心の余裕が、結果的にあなたのパフォーマンスを安定させてくれるでしょう。
リモートワーク(在宅勤務)で働く
もし可能であれば、リモートワークは吃音のある方にとって非常に有効な働き方です。周りの視線や雑音のような物理的なプレッシャーから解放され、自分が最も落ち着ける環境で仕事に集中できます。
リモートワークのメリットは、
- コミュニケーションがチャット中心になる
- 自分のペースで仕事を進めやすい
- 電話応対の機会が減る場合がある
- ビデオ会議でも、ミュート機能やチャットでの補足が可能
といった点にあります。
もちろん、会社の方針や職種によっては難しい場合もあるでしょう。しかし、近年リモートワークを導入する企業は増えています。
今の職場で難しくても、転職を考える際の重要な選択肢の一つとして、「リモートワーク可能」という条件を加えてみる価値は十分にあります。働き方を変えることで、働きやすさが劇的に改善される可能性があります。
事前準備をして心の負担を軽くする
話すことへの不安は、「何を話せばいいか分からない」「急に振られたらどうしよう」という不確実性から生まれます。この不安を解消するのが「事前準備」です。
話す内容が事前に決まっているだけで、「何を話すか」ではなく「どう伝えるか」に集中でき、心の負担は大きく軽減されます。
- 会議前
アジェンダを読み込み、自分の意見や質問を箇条書きでメモしておく。 - 電話前
用件や話す内容を簡単な台本(スクリプト)にして手元に置く。 - プレゼン前
話す内容を完璧に暗記するのではなく、キーワードを書き出したメモを用意する。
この「準備したメモ」は、いざという時に頼れる心のお守りになります。たとえ言葉に詰まっても、メモを見れば話に戻れるという安心感が、あなたを支えてくれるでしょう。
「言い換え言葉」のストックを持っておく
「この言葉、言いにくいな…」と感じる、特定の苦手な音はありませんか?
例えば「か行」や「た行」など、人によって苦手な音は様々です。そんな時に有効なのが、苦手な言葉をスムーズに言える別の言葉に置き換える「言い換え(回避)」というテクニックです。
これは「逃げ」ではなく、会話を円滑に進めるための賢い「戦略」と捉えましょう。
- 「確認します」 → 「チェックします」「見ておきます」
- 「株式会社〇〇」 → 「〇〇社」「弊社」
- 「検討します」 → 「考えさせていただきます」「持ち帰らせてください」
普段から、自分が苦手な言葉とその言い換えパターンのリストを、スマホのメモなどに作っておくのがオススメです。いざという時にスッと別の言葉が出てくるだけで、会話が止まる恐怖から解放され、自信を持ってコミュニケーションが取れるようになるでしょう。
結論から話す(PREP法)を意識する
「話が長くなって、途中でどもったらどうしよう…」という不安を抱えている場合、「PREP法」というフレームワークが助けになります。これは、分かりやすく簡潔に伝えるための話の型です。
- Point:結論・要点
- Reason:理由
- Example:具体例・データ
- Point:結論・要点の繰り返し
まず「結論から申し上げますと、A案を推奨します」と伝えましょう。これだけで、万が一この後言葉に詰まってしまっても、相手には最も重要なことが伝わっています。この安心感が、リラックスして話す余裕を生み出します。
報告書やメールを書く時からこのPREP法を意識すると、話す時にも自然と応用できるようになります。また、事前準備の一環として、話す内容をPREPの型でメモに整理しておくと、さらに効果的です。話の道筋が明確になることで、迷わず、自信を持って話せるようになります。
吃音のある方に向いている仕事
「今の仕事は、話すことが多くて辛い…」
「自分に合った仕事なんて、あるのだろうか…」
仕事術を駆使しても、やはり職種そのものが持つ特性は働きやすさに大きく影響します。吃音という特性のあるあなたが、自分の強みを活かし、ストレスを最小限に抑えながら活躍できる仕事は、実はたくさんあります。
ここでは、あなたに合った仕事を見つけるヒントとして、仕事を3つのタイプに分類してご紹介します。
専門スキルで価値を提供する「専門職・技術職」
このタイプの仕事は、会話の滑らかさよりも、成果物のクオリティや専門知識の深さが評価される特徴があります。
コミュニケーションはチャットや仕様書などテキストベースで行われることが多く、自分のスキルを黙々と磨き、質の高い仕事で貢献したい方に向いています。発話のプレッシャーが少なく、自分のペースで専門性を高めていける環境です。
具体的な職種の例
- Webライター
- プログラマー
- システムエンジニア
- Webデザイナー
- イラストレーター
- 動画編集者
- データ入力 / バックオフィス系事務
モノやデータと向き合う「分析・作業系職種」
このタイプの仕事の特徴として、コミュニケーションの対象が「人」ではなく「モノ」や「データ」であることが挙げられます。
急な電話や不特定多数との会話が少なく、自分の作業に集中できる時間が確保されています。決められた手順に沿って黙々と取り組んだり、客観的なデータに基づいて判断したりする業務が中心で、対人ストレスを感じにくい働き方が可能です。
具体的な職種の例
- 研究職 / 品質管理
- 工場作業員 / ライン作業
- 倉庫内作業(ピッキングなど)
- 清掃員 / ビルメンテナンス
- ドライバー(配送・運送)
- 農業 / 林業
深い信頼関係を築く「1対1の専門職」
意外に思われるかもしれませんが、不特定多数ではなく、特定少数の相手とじっくり向き合う仕事も、吃音のある方に向いている場合があります。
「うまく話さなければ」というプレッシャーよりも、「この人のために」という気持ちが上回ることで、かえってスムーズに話せるケースがあるからです。
相手の悩みを聞く「傾聴力」が重視され、深い信頼関係を武器に活躍できます。
具体的な職種の例
- 整体師 / マッサージ師 / セラピスト
- パーソナルトレーナー
- カウンセラー(臨床心理士など)
- 家庭教師
- ペットトリマー / 動物看護師
吃音のある方が受けられる支援制度
仕事の悩みを1人で抱え込まず、専門的なサポートを受けるという選択肢もあります。吃音のある方が利用できる可能性のある公的な支援制度を知っておくだけでも、心の支えになるでしょう。
この項目では、代表的な制度を簡単にご紹介します。
障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)
吃音が原因で、日常生活や社会生活に著しい支障が出ていると医師が判断した場合、申請できる可能性があります。取得すると、税金の控除や「障害者雇用枠」での就職活動といった選択肢が生まれます。
就労移行支援
障害のある方が、一般企業へ就職するための訓練やサポートを受けられる福祉サービスです。事業所に通いながら、ビジネスマナーやPCスキル、自分に合った仕事探しの方法などを学ぶことができます。
ハローワークの専門援助部門
各地域のハローワークには、障害のある方の就職を専門にサポートする窓口が設置されています。専門の相談員による、個々の状況に合わせた求人紹介や面接対策など、きめ細かな支援を受けられます。
「WORK! DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」
「WORK! DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」では、岐阜市内在住の「働きづらさを抱えている」岐阜市民の方を対象に、障害福祉サービスを提供して就労支援を行う取り組みを行っています。
岐阜市内にある「ダイバーシティ就労支援拠点」で、働き続ける力を身につけるための支援を、障害の有無を問わず無料で受けることができます。「ダイバーシティ就労支援拠点」は先述した就労移行支援事業所や、同じ障害福祉サービスで、実際にサポートを受けながら働くことができる就労継続支援A型・B型事業所です。
このプロジェクトは、岐阜市にお住まいで、働きづらさがあり、働く前に支援を受けたい方、障害者手帳などをお持ちでない方であれば誰でも利用できます。
精神障害者手帳の交付申請には、初めて病院を受診してから6か月経過している必要があり、医師の診断書も必要となります。吃音を診察してもらえる病院は多くないため、吃音があるけれど障害者手帳は持っていないという方も多いでしょう。また、所持にデメリットがなくとも、気持ちの問題として障害者手帳の取得を迷われる方も少なくありません。
障害者手帳が無い状態で利用できる手段の1つとして「WORK! DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」への相談、利用を検討してみてはいかがでしょうか?
ご利用案内
これらの制度の利用条件や内容は、お住まいの自治体や個人の状況によって異なります。もし興味があれば、お住まいの市区町村にある「障害福祉課」や、最寄りのハローワークに問い合わせてみてください。
まとめ
まとめ
- 電話応対や会議での発言など、多くの吃音当事者が抱える仕事の悩みは、あなた一人だけのものではない。
- 最も効果的で実践しやすい工夫として、コミュニケーションを「話す」からチャットやメールなどの「テキスト」に切り替える方法がある。
- 「完璧に話す」という目標を捨て、「どもっても要点を伝えられればOK」と目標のハードルを下げるマインドセットも重要。
- 苦手な言葉をスムーズな類義語に置き換える「言い換え言葉」をストックする、結論から話す「PREP法」を使うといった具体的な会話テクニックも有効。
- 吃音のある方は会話力よりも「成果物の質」で評価されるWebライターやプログラマーといった専門職が働きやすい可能性がある。また、対人ストレスが少なく、自分のペースで働ける工場作業員やドライバーなど、「モノやデータ」と向き合う仕事の選択肢もある。
- 1人で抱え込まず、就労移行支援やハローワークの専門窓口などの公的なサポートも活用できる。
吃音は、あなたの能力や価値を決めるものでは決してありません。大切なのは、吃音をなくそうと無理をするのではなく、少しの工夫で「働きやすい環境」を自分で作っていくことです。
電話が苦手なら、チャットで伝えれば良いですし、会議でうまく話せなくても、事前準備で要点を伝えられれば良いのです。あなたの強みが活かせる場所は、必ずあります。
この記事で紹介した仕事術や仕事の選び方が、あなたが自分らしく、自信を持って働くためのきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
明日からのあなたの仕事が、今日よりも少しでも楽になることを心から願っています。